美しい。▼感染症がテーマの話というと,パニックやホラーを想像しがちだが,本作にはそういったドギツい要素はない。問題を一瞬のひらめきで解決する天才も現れないし,瀬戸際でおこる奇跡もない。登場人物はみな普通の人として感染症に苦しみ,悩み,立ち向かう。▼もちろんストーリーの起伏はある。ただ全体を通しての筆致は抑制的で,突き放したような透徹した視点から描かれている。このことと,極限まで削ぎ落としたような話の短さとが相まって,読み終わった後には一編の清冽な詩を読んだような気分になった。▼最も印象的なのは第5話に出てくる「災害ユートピア」という言葉だった。ここで描かれているのは,今の新型コロナ禍とは異なり,ウィルスの地理的に封じ込めに成功した世界だが,それまでと変わらない日常を続けている「あっち」と,ウィルス禍という非日常に巻き込まれた「こっち」。しかし,日常を「ケ」として非日常を「ハレ」とするならば,たとえウィルスのような災厄でも人はその特別さに何か浮かれてしまうのかもしれない(もちろんそれは災厄が実際自分の身に降りかかるまでの話なのだろうけど)。▼ともかくもこの作品は美しい。そしてそれは汚いものから目を背けた綺麗ごとだけの美しさではなく,現実の辛さや不条理を見つめた上で尚前を向く力強い美しさだと思う。