安彦先生はこれまで、日本とその周辺地域の関わりについて描いた作品を複数ものして来た。この[乾と巽]は、おそらくそれらの集大成にするつもりだったのだろう、日本と隣国ロシアの関係に巨大な傷を残した「シベリア出兵」について、驚くほど正面から描いている。第二次大戦の末期、ソ連軍が満州などへ侵攻した事を悪しざまに罵り、恨みや呪詛の言葉を吐く人は現代日本においても数多い。では、なぜソ連の侵攻は行われたのか? 日本のことを「ソ連(ロシア)領土に野心を持つ危険な国」と20年後のスターリン政権に判断させた原流は何だったのか? 日露戦争を挟んでさえなお一定の友好関係を保っていた日本とロシアの間に、いったい何があって現在のように悪化してしまったのか? お互いに向こうが悪い向こうが悪い…ではなく冷静に考えを巡らせるなら、これはかなり役に立つ作品で有るし、また歴史もの、冒険もの作品として単純に楽しめる面も持っている。終盤やや駆け足になるなど、安彦先生の執念をもってしても完璧な作品にはならなかったが、それでも間違いなく群を抜くテーマを持ち、完成度を誇る一作となった事に対し、せめて心からの敬意を捧げたい。